〒891-0702 鹿児島県南九州市頴娃町牧之内15025番8
TEL:0993-36-3911 FAX:0993-36-3912
お問い合わせ  






2008年8月1日に農業代表者とコメンテータによる農業についてのパネルディスカッションが
開催されました

   

下記寄稿を開催の報告書として掲載致します。ご一読ください。

 土地改良事業は、農家の代表者が事業による受益者の同意を徴集して国や県に申請する方式により実施される。この方式は、申請主義と呼ばれ、農家の発意に基づくところに特色があり、他の公共事業と異なる。このため、地域に密着した事業といえる。だが、果たしてそうであろうか。

 南九州市に設置されている畑の郷水土利館81日に「タンボの学校・ハタケの学校」が開催された。学校は、ほ場整備あるいは畑地かんがいの事業地区の農業者から営農の状況と併せて、農地や水の利用上の問題点を聞こうというミニシンポジウム。3時間を超える会の中で、事業者の思惑と農家の利用実態の間にギャップを感じさせる意見がいくつかみられた。その一つは、1ha区画のほ場整備地区で農道の高さをほ場面近くまで下げる低段差工法が採られたものの、農家は農道を田植機やトラクターの旋回部分(枕地)として使うことなく、依然としてほ場の中で旋回していること。もう一つは、畑地かんがいではスプリンクラーによる散水を前提にしているものの、露地野菜でもチューブが使われていること、そして地区全体で効率的、公平に水利用を行うためにブロックを設定して順番に散水する方式(輪番かんがい)が採用されているものの、それが崩れて農家個々が任意的に散水していること。低段差工法については、地区で使われている農業機械に適合しているのかという疑問とともに、農家が枕地対策を理解していない、説明が十分でないのではという思いがする。また、輪番かんがいについても、同様の思いを拭い去ることはできない。限られた水源水量である以上、この方式しかないと考えるのは、技術者だからこそであって、給水栓の蛇口しか見えない農家にそれを求めることはなかなか難しいことであろう。

今日、技術は人々にとってどのようなものか。科学史を専攻する村上陽一郎は、「技術は見えなくなっている」と指摘する。その例として、あの自動車技術の権化のような本田宗一郎が晩年に漏らした一言を紹介している。「自分のところでつくっている車、もう俺にはわからないんだ」と。かつて農家自らクワを振るいノミで岩を穿って水田を開いた土地改良事業では、明治33年に東京大学に耕地整理の講座が設けられている。その後、土地改良技術も、他の技術と同様、実用技術として高度化、体系化されて専門集団が形成される展開過程をたどっている。

 そこで、公共事業批判が本格化した1996年のオリックス社長宮内義彦の建設省(現、国土交通省)解体論を思い起こして欲しい。その背景に必要性の疑わしい高速道路やダム、港湾に対する税金のムダ遣いがあり、土地改良事業については拒否する農家まで出ているとマスコミの批判が喧しきかったことを。特に、技官と呼ばれるテクノクラートが「自分たちの仕事をつくるために次から次へと新しい計画を持ち出してくる」という自己増殖批判があったことを。

土地改良事業の実施に際しては、行政やコンサルの技術者は地元説明会を通して農家と意見交換を行って極力利用者の意に添うよう努めていると聞く。だが、先述の学校で出た意見は、地元説明会等によりクリアーされて然るべきであるにも関わらず、クリアーされていないということになる。畢竟、技術者と利用者の乖離は大きい。事業説明が地域の実態や農家の意識レベルを十分踏まえているといえないのではないか。一方、利用者は当事者意識が薄弱ということになる。その上、ここで見て取れることは、地域に密着した事業を眼目とする法が空文化している実態や、意識されることなく事業が目的化して推進されるという恐れである。高度な技術を持つ専門集団形成という現実のもとで事業推進のあり方が問われている。この問題は、
ひとり土地改良技術者だけの問題ではあるまい。


   注) 本文は鹿児島県技術士20周年記念誌に投稿したものである。

文責 門松経久
copyright (c) 2008 MM  All right reserved.